アダルトチルドレンとして生きた世界

整形、借金、不倫、恋愛依存、買い物依存、過食症。キレイになりたいと願うほどに醜く生きる様。

心の安全基地を持てなかった人生は詰む

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※現在の記事です

皆さんは人生は何で決まると思いますか?
顔面偏差値?家庭の経済状況?地頭?身体の健康?

どれも、いいに越したことはないと思うけどアダルトチルドレンとして30数年間生きて思うのは
生育環境の良さ、すなわち養育者かあの愛情が大事

この愛情というのは世間では「衣食住」を整えてと認識されがちだけど
まず子供を持つのならこれは愛情ではなく当たり前の行為なのでイコール愛情があるってことでは全くない
ニュースに出てくるようにこれらを放棄した場合、司法のもとで裁かれるのでただの犯罪

では「子供への愛情」というのはどういうものか?
ありきたりにいうと「ありのままを受け入れる、認める」ってこと
一見、簡単そうに思えれるけどこれって意外と難しいんだろうなぁとは思う

典型的な毒親子供は所有物とどこかで認識し
無意識でコントロール「あなたは愛しているから」と洗脳する

世間での誤認識がある通り衣食住に問題なく養育されると
「子供に暴力をふるったり学校に行かせない親もいるんだから、自分は愛されて育ったのだ、感謝をしなければいけない」
心に持つ違和感、拭えない劣等感、焦燥感の出処を自分の至らなさのせいにするか

親はちゃんと愛してくれたはずだから、上手に生きられないのは自分が悪い

と罪悪感で心をいっぱいにする




でもね、これこそまさに毒親の手口()
毒親というのは大多数が”自身”も社会で他者とうまくやれなかった人間だ
それが「家庭」というより蜜な人間社会の中でどうやって親として子供を導くことができるだろうか?
勿論、うまくやれるわけがない彼らがどうやって子育てをするかと言うと「子供だから」「親だから」と絶対的な主従関係を軸で縛り付ける

子供は「親から嫌われては生きていけない」と本能で理解しているので、親から愛されるように健気な努力をする

一貫性のない感情を子供のぶつけるので子供は親の顔色や機嫌、声音、少しの変化にも敏感になる
今日の正解は明日の過ちだから、一瞬も気が抜けない
そんな親でも笑ってくれたら嬉しいからだ

本当は子供時代というのは、わがままなどの自立期を経て、自分が他者に受け入れられる存在だと学び
自分と他人の境界線を理解して成長していくのだけど毒親はここの境界線がすごく曖昧だ

ある日は自分の所有物として扱い、ある日は私には関係ないから勝手にやってくれ、と突き放す
こういった一貫性のない対応をされ続けるとどこにいても安心ができなく不安でいっぱいになる

幼少の頃に「愛されている」「大丈夫」「味方がいる」と心の安全基地を構築できなかった場合、大人になってからもそうだ

人間との関わり合いを最初に学び【家庭】で対応されたようにしか、その子は社会に出てからも自分も人とも関わることができない

私は母のカウンセラー役を子供の頃からやっていて、母の悩みに寄り添い続けた
そういう時の母はとても優しかったのだ
でも私が別の世界をひろげ楽しそうにしているとそれが気に食わなくとても不機嫌になる
はたまた母が何か過ちを犯してそれを指摘すると「子供のくせに親に反抗するな」と途端にヒステリーを起こす

社会に出てからの私の他人との関わるあい方はまさにこれをコピーしたような生き方だった
誰かが困っていると率先して悩みを聞き、それが夜中だろうが寝ている時間だろうが自分のことは二の次だった
その子が嫌いな相手を一緒に嫌いになることが「忠誠心」だと思い、全力で嫌った
他のグループと仲良くしていると、その子に申し訳ないと思って世界はその子だけで埋め尽くす
これできっと彼女は私を親友として認めてくれて、深い絆ができるだろうと確信していた

けど、たいていの場合、悩みが解決すると姿を消してしまうし
一緒に悪口を言った相手とも何もなかったかのように戻り結局私だけが敵を作っただけで終わる

いいように利用され、用済みになったらあっけなくポイッ
これは勿論自分が悪い、自分がそう選択してきた

だいぶ後になって気がついたことだけど健全なメンタルを持つ人はたちは
”他人に自分を軽んじるように扱わせない”

夜中の電話にも付き合わないし、自己犠牲をかんたんに差し出さない
自分が嫌いじゃない相手の悪口を言われたら遠慮なく不快感を顕にするし
別の世界があってもそこに罪悪感を抱くこともない、当たり前のことだから

必要以上に他人に介入させないんだよね

他人と自分の境界線がなく、心の安全基地を持たないと
誰かの役になって自分の存在価値を見つけたい、安心したい、愛されていると行動や物理で感じたい
そうじゃないと生きていていいかわからない

生きていていいよ、の”OK”を自分じゃなく他人に出してもらわないと気が休まらないのだ

自分をこんな風に扱う人物が悪い、そういう相手に近づかなければいい、と思われがちだけど
境界線がないメンタルの人間は無意識に「他人」に自分の扱いをコントロールさせている

人間は誰しもA面、B面を持ち合わせていて誰にでも悪い面は存在する
私は人のB面を引き出し続ける そのように扱うように自分が無意識に行動している
その逆に自己肯定感がしっかりとしている人はA面と接し、肯定され、人に愛され愛しという良い循環だ
それがまた家庭環境に引き継がれ連鎖する


「生きていていいよ」のOKを親から子供の頃に出してもらえなかった場合
これを恋人だったり、友達だったり、パートナーだったり、子供だったり…一生求め続ける

他人との関係性を上手に構築できない人間が「結婚」と「出産」で
社会的な役割を与えられてそれに甘んじ子供に「父親・母親」として承認させようとし、私達アダルトチルドレンも下層で負の連鎖を続けるのです